Paths that Never Cross Again

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「いまさらなにしにきたの」

って門前払いされることがこわくて

それから逃げていたらだめだ。

そういわれるだけのことをしたんだから。

土下座してでも

額を地面にたたきつけてでもお詫びをして

許しを乞わなければいけない。

人生にはそういうときがある。

それでも冷たくあしらわれたり罵声をあびせられたりして

結局許してもらえなかったとしても

逃げなかっただけ、お詫びをしたぶんだけ

罪の意識は消えなくとも後悔はやわらぐだろう。

情けないことに

ミーにはそうやってお詫びをしなければならないひとだらけだ。

たとえば、タンタン、ミーは君に会いたい。

会って30年前にしたことのお詫びがしたい。

もしそのチャンスが与えられるなら

どんなにか楽になれるだろう。

だけどそんなチャンスは2度とこないのもわかってる。

会えて、お詫びをさせてもらえるということは

それだけでいかにありがたいかってことだ。